本渡教会の歴史

 本渡教会の歴史は聖コロンバン会抜きには語れない。だが、聖コロンバン会日本支部設立(1947年)について詳述している資料は多くはない。大方は、ジミー・ドイレ神父、ジョー・オブライエン神父が日本に到着した1948年1月6日が日本における聖コロンバン会発足の起源であると捉えられ、語られることが多いようである。

 この二人に、ジェローム・スゥイーニ神父を加え、「Three J`s」と称された三人の宣教情熱は、たくさんの働き人を集めることになった。同胞神父の数はあっという間に25人にまでなり、なかには、「突然現れた(その中には手取教会のフランク・ハンター神父も含まれる)」と表現される神父まで存在している。

 福岡教区の深堀仙右衛門司教は、ジミー・ドイレ神父、ジョー・オブライエン神父が日本に到着した四日後には、早くも福岡と熊本宣教についてこのふたりと対談を持っている。驚くべき行動力である。その結果、1949年3月5日には契約が締結され、熊本地区は翌年から本部を手取教会に、八代、人吉、水俣、崎津、大江の各教会司牧もコロンバン会司祭へと引き継がれていった。

 本渡教会(当初は司祭館がその役割を担った)は、1951年(昭和26年)11月23日に設立されている。初代の主任司祭J.モラハン神父が聖コロンバンの祝日にあわせて教会を祝別した日であった。アイルランド人宣教師であったモラハン神父は、本渡教会をアイルランドの保護聖人である聖パトリックに捧げた。

 1952年8月、深堀司教によって最初の小さな教会聖堂が祝別された。現在の教会は、再度本渡教会の主任司祭に着任したモラハン神父の時代に建てられたもので、1984年(昭和59年)2月12日に平田三郎司教によって祝別されたものである。

 崎津・大江と手取を往復する神父たちの休憩所・宿泊所の役割から、天草経済、そして島しょう政治の中心市・本渡を主イエスに捧げる。それは、最初に指揮を執ったフランク・ハンター神父以下、奉仕者全ての決意と願いであった。貧しい地域住民(150世帯ほど)を援助するためにさまざまな取り組み(お金や物資集めなど)がなされ、1956年(昭和31年)にはカトリック教会と仏教界、そして行政合同で最初の「天草殉教祭」が開催された。天草におけるエキュメニカル運動の萌芽である。 

 1966年(昭和41年)には聖心幼稚園が開園し、市民との交流目的でコーラスグループも結成された。この頃の本渡教会信徒数は106名であったと記録されている。


◆歴代主任司祭紹介

氏 名 期 間
J.モラハン 1951. 11-1955. 7
P.クレイトン 1955. 7-1957. 3
S.ライル 1957. 3-1967. 3
E.デイキン 1967. 3-1975. 3
R.ケルソ 1975. 3-1977. 5
P.フラハテイ 1977. 5-1978. 2
J.モラハン 1978. 2-1986. 5
F.キャ口ル 1986. 5-1991. 11
F.マッケイ 1991. 11-1994. 8
P.ダイアモンド 1994. 8-1999. 1
川添 猛 1999. 1-2004. 2
川原 拓哉 2004. 2-2005. 4
浦 俊雄 2005. 4-2009. 4
牧山 美好 2009. 4-2010. 3
渡辺 隆義 2010.3-2021-3
浦川 務 2021.3-2024-3
竹内 英次 2024.4~2025.4
井手 公平 2025.5~
協働司祭・協力司祭  
P.シ一ヒー 1960-1961
W.力リー 1968-1968
J.バ―ク 1981-1982
川原 拓哉 1999-2004
井手 公平 2009-2010